『兼高かおる 世界の旅』
2019年01月10日
昨日の続きです。
「J君どうしてはりますのん?」
「第一志望があかんかって、○○中へ行ってるんです。一番いいクラスで特待生なんですよ」
「ええ、すごいですねえ」とかなんとか。4年生まで来てくれていましたがうちでは今、中学入試には対応できません。もう一人のRくんと2人が小5になるときに他塾へ移りました。Rくんの方も違う中学へ特待生として通っています。優秀ですね。すばらしい。
で、お母さん、なんのために私を呼び止めたかというと妹さんのご相談です。
「今年、金閣小学校へあがるんですけど・・・・・・」といろいろいっぱいお話をうかがいました。
「で、先生とこでお世話になりたいと思っているんですよ」
「あ、そうですか。それはありがとうございます。入学されて慣れて落ち着いたら近いしいつでも来てください、体験に」
「今すぐにでも行ってもいいと思ってるんですが」
「いやいや、入って落ち着いてからでいいでしょう」とかなんとか。
ともあれ、下の子が来てくれるのはありがたいことです。
どんな子なのか楽しみに待ちます。
話はまったく変わりますが兼高かおるさんが亡くなられました。90歳だったそうです。
ご存じない方のほうが多いでしょう。私くらいの年齢の人はご存じでしょう。
『兼高かおる世界の旅』というテレビ番組をずっとやってらっしゃった方です。日曜日の午前中でしたね。楽しみでした。
当時は海外旅行なんて夢のまた夢。固定相場で1$=360円の時代でした。まだ見ぬ、この先も見られないであろう世界を彼女は紹介してくれました。
南極点や北極点へも女性の一般人として初めて到達したり世界各地をテレビを通して見せてくれたりしました。「かっこいいな」と思っていました。憧れでもありました。
時は過ぎ、海外も近くなりました。今や行こうと思えばだれでも行けるようになりました。絶対行けないと思っていた外国へ、庶民のつゆはらくんも行けました。豊かになったと言っていいんでしょう、ね。
貧しい時代の日本に生き、洟を垂れていたつゆはらくん世代に夢を与えてくれた兼高さんのご冥福を祈りつつやすませていただきます。