人生いろいろ
2014年09月13日
悲しい話があります。
30年ずっと行っていた散髪屋さんがついに店じまいします。
今日行くと「くるくる」が回っていません。
「あれ、まさか休み?」近づくと電気がついてお客さんが待っています。
「やってるやん」と思いつつ目をやると貼り紙。
「14日で閉店」が目に飛び込んできます。う~ん・・・・・・
「閉めはるんですか?」
「ああ、せんせ。いつまでもできんしな」
「さびしいですね」
しばし茫然としながら感慨に浸りました。
頭を刈ってもらうこと30年です。その間3回、のっぴきならぬ事情で余所でやりました。おっちゃんが脚の手術をして入院中に途方に暮れつつ1,000円の安いところで切りました。それ以外はずっと年に4,5回は通っていたぞ。
「さあ、やりましょか、せんせ」と座れば阿吽の呼吸でやってもらえます。
今さら一から余所でその関係を築くのはしんどいです。どうしましょう。
他のお客さんとの会話が耳に入ります。
55年やって80歳。
「せんせ、すまんなあ」
「いやいや、もう十分やらはったでしょ」
「今日も明日も、もういっぱいで、どうしょうかなあ。月曜日やったら時間なんとかとれるんやけどな」
「いやいや、そんな休みの日に無理は申し訳ない。ええですええです」
聞けば店は売れて17日には明け渡さなあかんみたいです。
お母さんの方が片づけでしんどそうです。
「長い間おつかれさまでした。お元気でいてくださいね」」
「またどっかで会えるやろしな」
「そこらじゅう走りまわってますし見かけたら声かけてくださいね」とか何とか言って店を出ました。
さすがに泣けず我慢していましたが、自転車に乗って走りだすと涙が流れ始めました。
私が30前、おっちゃんが50くらいのときからのつきあいです。
下鴨へ引っ越して初めて行ったんがそのつきあいのはじまりです。
55年間かあ。31年の私なんかまだまだひよっこです。いつまでできましょうか。
80歳で塾講師は難しいでしょうね。
今後私はどんな人生を歩んでいくんでしょうか。
いろいろなことを考えつつ帰宅しました。
いつかは私も引退する時がきますよね。死ぬ寸前まで働く訳にはいかないしな。まあ授業中に心筋梗塞でこの世を去れば直前まで全力投球はできますがね。
どんな引退を迎えるんかなあ。
かのベートーヴェンは「もっと光を」と言ったようです。
私はなんと言ってこの世を去るのか決めていません。辞世の句を用意しておくか?
さて髪の毛。どこでどうやって切りましょう。いっそのこと伸ばし続けましょうか。昔は長髪のつゆはらくんだったしな・・・・・・しばらく考えます。
夕方二女から電話。
「なんや、どしたん」
「いや、ちょっと報告があって」
「きたな」と思いました。
「ふんふん」
「あんなあ赤ちゃんできてん」
案の定でした。
「そうか、よかったな。おめでとう。体気いつけや」
ついに、正しく、文字通り「おじいちゃん」の仲間入りですか・・・・・・
私はじいじになり年を重ねるばかりですがパンジーの命は新しい生を与えられ育とうとしています。
すくすく育つことを祈ります。
ありがたくうれしいことです。ちょっとこっぱずかしい気持ちも12%くらいあるかな?
孫を溺愛するじじいにはならへんぞ!! なんてね、あはは。複雑な心境です。
あの子どもだった二女のお腹に次世代が宿りました。
無事に生まれて育つことを切に願います。
我が身に孫ができおじいちゃんになるという現実がやってくるとは思いませんでした。
まあ還暦を迎えようという歳になればそれも必然なんでしょう。
両親を早く亡くしました。母親は孫一人には会えました。父親は孫どころか私が結婚するのを見ないままに亡くなりました。
そんなことを考えるといろいろなことが脳裏を過ります。
ほんとにいろいろなことが浮かんでは消え、消えては浮かびます。
いろいろあったね。これからもあるんやね。
人生いろいろやしおもろいでしょうね。