無力
2013年09月02日
京都でも朝からたいへんなお天気でしたが日本全国で豪雨や竜巻などさらにたいへんなことになっているんですね。
自然の前にはヒトは無力ですね。地震や竜巻はもちろん、雨だって予測して避けきれるものではありません。最大限備えるべきなんでしょうが現実は難しい。どうしても「対岸の火事」になってしまいます。なんにも備えていません。
自身そんなに恐い目にあったことはありません。ないな。恵まれた人生を送っているんでしょうか・・・・・・??????
一番恐かったことを思いだそうとしてもでてきません。
唯一台風24号が近畿地方を襲ったときまだ幼稚園児だった私が思いました。
「男の俺がお母ちゃんを守らなあかんねや」と。当時父親は幹部候補生学校、富士へ単身赴任だったような覚えがあります。幼心に男の自覚が自然でたんでしょう。
天井川の天神川があふれるという知らせに母親の手をしっかりにぎっていました。実際床下浸水があったようななかったような。ずいぶん昔の話です。
痛かった思い出はいっぱいあります。前にも書きましたが指先から黴菌が入って脹れました。病院へ行くと指先なんで麻酔も痛いからそのまんまメスを入れるという荒療治? を受けました。それはそれは筆舌に尽くしがたい痛みでした、ね。あれは2度と味わいたくありません。
小3のときの鎖骨骨折。体内に残ったボルトや金具をとる手術んときは痛みはさほどなかったものの骨をハンマーとノミでけずられているという事実をよく受け入れました。昏倒しても不思議じゃないんでしょうか。
先生がハンマーで打たれるたび体がガシンガシン動きます。これもすごかったです。
高2体育前中で前歯4本骨折というのもあった。
学校に上がる前、伊丹で車にはねられて右脚骨折もしました。
小5で担任のH先生にビンタもくらいました。
中2でも体育の先生にきつい一発を見まわれたこともあんな。
けっこうなぐられた。でも自分が悪いし、なんも恨みはないです。
ほんましょうもない、変に向こう意気が強いだけの中高生でしたね。
今もそのまんまかな、ちょっと違ってきたかもしれません。
くだらない話はともかくこれ以上被害が広がらないことを願いつつやすみます。