弟、がいました。忘れてた? んなこたあないよ
2011年12月24日
講習中の休み時間。事務室にもどって携帯電話を見ると着信があったよう。誰だろうと思って確認するとなんと弟。(初登場ですね。私に弟がいることはごく近い人しか知りません)
「なんだ? 悪い知らせじゃないだろうな」と折り返しますが出ません。
短い休み時間のうちに返信がありました。
「久しぶりやなあ。ほんま情にうすい兄弟やなあ」とやると馬鹿受け。弟も大笑していました。
まあ、男同士の兄弟なんてこんなもんでしょう。ほんまに用事がなかったら、よほどのことがなかったら電話なんかしませんわ。
で、今日は叔母の嫁ぎ先のお母さまが亡くなったそうです。さて私はどう対応しましょうか。
「弔電だけでも打っておくわな」と。それだけでええとは思わんけど、今の私にできるそれがせいいっぱいです。すみません、さっちゃん(叔母です「彼女には小さいころ、ほんとにちっちゃいころお世話になりました。今でも俺のブログを読んでいてくれるということで世話をしてくれています。きっと今回のお義母さんの死にあたっても大変だったんだと思います)。
こんなことでもなければ聞けなかった弟の声を耳にできたのは、ある意味よかったね。結果的には、よかったんかもね。
そう、生きているといろいろあります。その死にあたってもいろいろあります。
「死」は別れです。悲しいですが、その死を機に生かされている者たちが集える場を与えてくれるという側面もあります。
そう、起こることごとには必然や宿命が潜んでいるんです、きっと。
すんません。なんや。ようわからんようになってきました(いつものことやし気にすんな「ありがとう」)。
ですし、では、また。