卒論
2011年01月20日
『4年間ゼミ全学部必修化 立命大』と讀賣の夕刊にありました。
全13学部で、4年間の少人数の演習(ゼミ)と卒業論文を必修にするんだそうです。
幅広い教養から深い専門までを身につけさせ自ら課題を見つけ、議論しながら解決する力をつけるのがねらいのようです。「学生たちの甘さをたたきなおし、社会で生き残るためには必要不可欠」とのことです。
卒論もわかりやすい表現力や発表技術を身につけるために必須と考えての全学部必修化のようです。
確かに少人数で討論したり文章を書いたりすることでその人の力は高まるでしょうね。大講義で隅っこに座ってお茶を濁しているような訳にはいけませんからね、少人数のゼミではね。卒論だって小学生の作文のようなできは許されませんからね。
自分の時は3、4回生の時にゼミがありましたね。なんか当時は民青(今は死語ですね。あえて説明しません)が幅を利かせていてゼミをアジ( agitation )の場に利用しようという動議がでたりして、ゼミはまあおもしろい訳ではなかったんですが(すみません。当時の先生)彼らの横暴は納得できず断固拒否しましたね、その提案を。
卒論も書きました。題は『戦後日本における鉄鋼独占資本』というかっこいい(?)代物でした。なんのことはない、本を数冊買って引用引用の連続(一応出典は明かしました)で、普通の方が数カ月かかるところ、1月足らずで適当(いや真面目)に書き上げました。年末年始にけっこうしんどい思いをしましたが、まあええ加減なもんやったと思います。でも評価は意外や「A]でした。実は私はバカでして(知ってるで)大学の時の成績表に「A]はあまりありませんでした。4つか5つでしたかね。しかも1回生で登録単位の半分も取得できず「惨憺たる鮟鱇」(村野四郎さんの詩です)でした。
で4年で卒業できるわけもなく5年いきました。まあ親父の癌での入院、死などもありましたが、それらは言い訳かな。結局5年でなんとか卒業はしました。今考えるとかなり波乱万丈、いや、はちゃめちゃ、いい加減な生活だったですね。
さて夜も更けました。やすませてもらいましょう。
高3のTKくんが入試を前にインフルエンザにかかってしまったのが気がかりです。試験までまだ少し間があるのが不幸中の幸いです。
ここのところの冷え込み、寒さに強いパンジーもかわいそうです。でも彼ら(彼女ら)は耐えて耐えて春にはきっと今より美しい花を咲かせてくれるでしょう。
私も、来る春にゼミの受験生に花が咲くよう、また自分にも爛漫と花咲くよう日日やらせてもらいましょう。