「思い」

2010年07月27日

朝走りました。あまりの暑さに水分補給で水を買うのと涼みがてらに、とあるスーパーに入りました。
「水、水、水」とその売り場へ。見ると500ml のそれが105円、2l の「どっかのおいしい水」が108円。考えますね。
「量が4倍で値段は2円高。飲んで身体にかけたらなくならんまでも、まあええか」と大きい方を買いました。飲んで頭からかけておいしかった、気持ちよかった。
貧乏性というんでしょうか。500で105、2000で108だと割切れなさを感じ、ついお得な方を選んでしまいます。その後短いながらも持って走るの重かった~。

ラップや綿棒、つまようじなんかも1回使っただけで捨てるんはなんかもったいないと思って捨てずにテーブルに。朝起きてけっきょく使わず捨てますが、それやったら最初から捨てやと思っています。つまるところケチくさいんですね。

走りながら思います。
「この暑い中、ようやるわ。熱中症で倒れたら笑いもんやで。なんの益も得もないで」そうその通り。しゃれになりませんからね、ね。
しかし、この世は損得だけでははかれません、でしょう。もちろん俺も霞を食っては生きられませんから、それなりそれは考えます。でもそれだけではヒトの世寂しいもんな。最低限食べられればそれで幸せなんでしょう、きっと。

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去年の種から芽吹いたヒマワリが咲きました。育てた(いや、ただ水をやっただけですが)やつは、俺に似てひょろっこいものですがうれしいですな。けっして器量よしとはいえませんが健気にその完成を見せてくれました。「ありがとう」と心底思います。
さらに細い別のやつが今懸命に伸びようとしています。待ちましょう、やつの成長を。

「思い」が伝わらぬことを実感する昨今です。こちらの思いと生徒、保護者のそれとがかみ合わぬときがままあります。まあしかたがないのでしょうか。つらくもありますが、己の信じるところを日日やるしかないんでしょうね。多くは望みません。俺と生徒たち、その保護者の方の思いが一致しつつ日日が遅れたら幸せですね。

愚痴っぽくなったかもしれません。できるだけそれは避けようと思いますが、たまのそれはお許しあれ。

お許しあれ、最近筋トレさぼってます。腰の違和感は事実ですが言い訳でしかありませぬ、すみませぬ。やすみます。